院長プロフィール

ご挨拶

わたなべ生命調整院院長の渡辺と申します。

私は幼少期にした交通事故の後遺症に悩まされ、あらゆる病院や治療院に通いましたが治らず、ヒーラーの道に導かれました。そして、自分の心と身体への理解を深め、”健幸”になることができました。
健幸になったときの多幸感は筆舌にできないものでした。自分自身の理解を深め、心身に不調が出ることが一切無くなりました。自分で健幸管理ができ、自分が自分自身の信頼できるドクターとなりました。そして、心身が綿毛のように軽くなり、今までできないと思っていたことがなんでもできるようになりました。
私のしたこの体験をたくさんの人に体験していただくことが私の喜びです。ぜひ、健幸のサポートをさせてください。

私のことを少しばかり知っていただき、安心した心持ちでいらしていただけたらと思います。


プロフィール

 
わたなべ生命調整院 院長
ワタナベムスビヒーリングスクール  学長
渡辺 純也
[趣味]
健幸のお手伝いをすること・知識を深めること、人間観察、スピリチュアルの探求、自然と触れ合うこと、神社、カメラ、ギター、料理、家庭菜園、読書
ライフスタイル・一日一食のヴィーガン、ショートスリーパー
[略歴]
1985年、千葉県生まれ。
ムスビヒーリング(旧ムスビ療法)開発者。
わたなべ生命調整院院長、ワタナベムスビヒーリングスクール学長。
幼少期に遭った交通事故の後遺症を癒すために治療家の道へ。
自身を癒やすことができたと同時にヒーリング能力が開眼。ムスビヒーリングを開発する。
治りすぎてクライアントが来なくなったリピーターゼロの治療院として一気に広まり、全国そして海外からもクライアントが来院する。
ムスビヒーリングを軸に健幸の素晴らしさを伝える活動をしている。著書に『姿勢で人生が動きだす』がある。



【経歴】
大東文化大学経済学部卒 - 不動産の営業職2年 -塩川カイロプラクティック治療室4年勤務 -わたなべ生命調整院開院


【年表】
2009年 幼少時の交通事故の後遺症を治すべく社会経験を経たあと脱サラし、日本カイロプラクティック界のパイオニア、塩川満章D.Cのもとで師事を受ける。
塩川カイロプラクティック治療室、シオカワカイロプラクティックスクールで4年間修行。
生命を理解することによって、交通事故後遺症の痛みを完全克服。
卒後、臨床経験を積みながら施術を教える講師として学生の育成指導に携わる。
2012年 シオカワスクールオブカイロプラクティックスクール講師

2013年 流山市鰭ヶ崎にてわたなべ生命調整院(当時カイロマン)を開院。


2016年に今までの治療家指導経験をもとにワタナベムスビヒーリングスクール(当時ムスビ療法スクール)開校。

2018年5月 処女作『姿勢で人生が動きだす』を出版。

2018年8月 ムスビ家族(クライアントさん)が健幸になり院は閑古鳥が鳴いた。11月をもって閉院を決意

2018年10月末 友人である作家の白石泰三さんが施術受けた感想をブログに紹介してくれ、
       予約が殺到。
       閉院一ヶ月前のさなか、日本全国からクライアントさんが訪れ、10月施術機会6回       だったのが11月172回に。
       閉院の延期を決め今日に至る。
       自身が考案したムスビ療法をベースにワークショップ、セミナー、執筆など人が健幸になる活動を行っている。
2021年2月 2作目の著書『セルフヒーリングで望む世界がやってくる』刊行予定。
自分を癒やす道
幼少期に起きた交通事故に遭ったことが全てのはじまりでした。
物心ついたときにはすでに左足には大きな傷があって包帯を巻かれていました。
重傷で、大きな傷跡が残りました。
足はつねに包帯で守られながらの幼少期で、小学校に上がるときには外すことが出来て、
それからというもののほとんど気にすることのない不自由のない生活を送ることができていました。

しかし、後遺症は忘れた頃、突然にやってきました。
中学に入り、身体が成長するとともに不調がでてきたのです。
野球をやっていたのですが日常生活でも、簡単な動作で膝が脱臼するようになっていました。
冷や汗が出るほどの尋常じゃない痛みと、日に日に悪化し歩けなくなるんんじゃないかとおそってくる不安に頭を悩ませました。
そこから治してくれる病院、治療院探しをはじめたくさん治療をしてもらいました。

しかし治らず、大学を卒業したころには、左足に力が入らず思うように歩けなくなっていました。
24歳の頃、医者の勧めで膝の半月板を手術をしましたが、状態はますます悪くなるばかりでした。
救いを求めた医学やさまざまな治療を試みたが改善できず絶望の底でした。
生きる希望を失い、死にたい気持ちになるけれど死ぬ勇気もありません。

そんなとき、カイロプラクティックに出会いました。
週に1度、2年間通い少し回復することができました。
しかし、最終的には受けなくては持たない身体になり治療に依存していきました。
そして最後の賭けにでることにしました。
カイロプラクティックの自然治癒力が不調を癒やしていくというアイデアに惹かれていました。
誰も治してくれる人はいない、それなら遺された道は
自分でカイロプラクティックを勉強して治すことだと考え人生すべてかけてみようと決断しました。
脱サラし、カイロプラクティックの世界へ。
修業時代
昼間は治療院で先生方の助手、夜と土日はスクールにて勉強漬けでした。
当時は私がその当時自分の身体のケアにも取り入れていてよいと思っていた、骨をボキッと鳴らすカイロプラクティックテクニックに没頭していました。
ところが修行して一年が経った頃、このテクニックを受けたところ、首がムチウチ症になってしまいました。
意識は朦朧となり、めまい、動悸息切れが止まらず、階段を登り降りする振動にも耐えられず気持ち悪くなってしまいまして、骨をボキッと鳴らすカイロを提供するのが恐くなりできなくなりました。
そして現状のやり方にたくさんの違和感と疑問が出てきました。
骨をボキッと鳴らすカイロのやり方に『骨が鳴るまでボキッとするのはリスクがあり、危険なのではないか?このやり方は果たして自然治癒力を引き出しているといえるのだろうか?』をはじめとして。

そんなとき、興味を持ったテクニックが上部頸椎カイロプラクティックでした。
そこには自分の求めているものがありました。
骨をボキッと鳴らすカイロプラクティックも上部頸椎カイロプラクティックも同じカイロプラクティックなのですが、考え方とやり方がまったく異なります。
ボキッとするのが治療のアプローチなのに対し、自然治癒力を引き出すことが上部頸椎カイロプラクティックです。
一秒もかからない瞬間的で、何をされたかわからないようなソフトな刺激で首に施術をするので安心安全で施術間隔を広げていくことができます。
はじめて受けた時は感動しました。そしてたった数回の施術で、交通事故の後遺症であった歩行のときのふらつき・膝の脱臼癖、腰痛、肩コリ、精神的不安などすべてのものから解放されました。これぞ本当の自然治癒を促す手技だと思い探求しました。
そして臨床経験を重ね、奇跡といわれるようなことが多々起こっていったのです。
そして、ムスビヒーリングの開発そして誕生へと繋がります。
ムスビヒーリング誕生物語
わたなべ生命調整院(旧カイロマン)開業後、どうしたらクライアントさんが根本から治っていかれるかを追求しました。
すると、宇宙の法則が鍵を握っていることがわかり探求しました。
宇宙の法則に基づいて臨床を行うと、手技がますます低刺激でシンプルになりました。そのようにして誕生したのがムスビヒーリング(旧ムスビ療法)です。

わたなべ生命調整院(兼ワタナベムスビヒーリングスクール) 
〒270-0161千葉県流山市鰭ケ崎(ひれがさき)8-3 シナプス南流山1A
TEL.04-7197-5165
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